海外留学情報

国・地域から調べる

2006年12月作成、2007年7月27日更新

ここから本文内の内容です

フィリピン

アンケート(修士3)

沖山 尚美さん
大学院留学
(2006年11月アンケート記入)
留学先について
【大学院】
・学校名: University of the Philippines, Diliman
・専攻分野: 地域開発/女性と開発
・留学期間: 2000年6月 ~ 2003年8月
・課程: 修士
・取得資格・学位: 修士
College of Social Work and Community Development, University of the Philippines, Diliman
(CSWCD)
※2000年6月~2002年4月 地域開発 修士号 (修了)
  2002年6月~2003年9月 女性と開発 修士号 (休学)
留学の動機
なぜフィリピンに留学しようと思いましたか?
フィリピノ語取得を目的としていない場合(英語を学ぶ、英語で学ぶ)、なぜ他の英語圏の国ではなくフィリピンを選びましたか?

大学学部時代に、マニラとセブに1ヶ月旅行し、
さらにダバオで2ヶ月のNGO研修に行ったことがきっかけで
フィリピンがとても好きになり、ここで生活したいと思った。
開発学に関心があったため、定評のあるフィリピン大学の地域開発コースで学ぶことにした。
開発学を学ぶ留学先としては、英国や米国の人気が高いが、開発の現場があるフィリピンで実情を学びたいと思った。
留学前の準備期間
フィリピン留学を思い立ってから実際にフィリピンに出発するまで、どのくらいの準備期間が必要でしたか?
大学の入学手続き及びビザ:6ヶ月程度。
※ 当時、2000年は学生ビザ(9F)を日本で取得していかなければならなかったが、
現在は現地で、日本で手続きをするより簡単に取得できるとのこと。
なお、私は奨学金があったためSpecial Immigrant Visa(47A2)を取得した。
フィリピンの大学や大学院で学位取得を目指す学生は、通常学生ビザを取得する。
奨学金手続き:留学開始の1年前には奨学金の選考は終了していた。
英語、フィリピノ語の勉強方法
日本で英語、フィリピノ語をどのようにして勉強しましたか?どの勉強方法が一番効果的だったと思いますか?
英語:留学前に特に勉強はしなかった。
留学後も特に英語のためだけの勉強はしなかったが、
授業に追いつくため、生活のために使っていくうち、英語力はそれなりに向上していった。
フィリピノ語:留学前にテキストを買って多少勉強した。
留学してからは、大学で留学生用のフィリピン語クラスに入り、
また個人的に日本人、フィリピン人の友人などに週に1~2回フィリピン語レッスンをしてもらったりした。
3年数ヶ月の滞在のうちに、日常の意思疎通がほぼできるくらいには上達したが、自由に話せるようにはならなかった。
フィリピノ語を熱心に勉強して、1年の滞在のみでマスターする人もいた。
語学を学ぶことが得意な人は、独学で本を見ながら勉強しても良いと思うが、
苦手な場合は学校などに入ってベースを作ってもらい、体系的に学んだほうが良いと思う。
情報収集方法
どのようにして情報を得ましたか?
先にCSWCDに留学していた日本人にメールで連絡をとって相談した。
日本の大学などの留学センターでは、当時、フィリピン留学の資料はあまり見つけられなかった。
現地の学校への問い合せ
学校へは何(メール、ファックス、電話)で連絡を取りましたか?その際に困ったことはありましたか?それをどのように解決しましたか?
電話と郵便とメールを使った。
当時はなかなか連絡がとれず大変だった。
入学手続きなどは現地で手伝ってくれる人をみつけるか、
大学を訪問し、直接手続きをしに行くのが良いかもしれない。
出願・入学資格
出願時にどのような書類を提出しましたか?書類を準備する上で苦労したことはありましたか?それをどのように解決しましたか?
現在のCSWCD修士課程の外国人出願者への募集要項より:
・ 願書
・ 大学の成績証明書
・ 2名からの推薦書
・ 写真
・ 大学の卒業証明書
・ 結婚証明書(既婚の場合)
・ 出生証明書
・ 35米ドルの手続き料
・ 500点以上のTOEFLスコア証明書
参照:http://www.upd.edu.ph/~cswcd/Application%20Form%20for%20Foreign%20Students.doc
現地で入学試験を受けましたか?どのような教科の試験を受けましたか?
入学試験はない。
TOEFL500点[ペーパー版TOEFL(TOEFL PPB)の点数、
インターネット版TOEFL(TOEFL iBT)では61点]以上が条件だったが、
足りなくても、入学後に英語を勉強することを前提で、入学許可されたという話を聞いた。
試験はないが、入学及びビザの手続きにおいて資料作成などに労を要し、
提出してからもなかなか進まず、かなりの忍耐力と努力を要するので、
留学仲間同士では「あの手続きに耐えること自体が入学試験だ」と話していた。
現在学生ビザは、現地で比較的容易に取得できるとのこと。
ビザの取得(日本での取得と現地での状況):
日本で、フィリピン入国前に取得したビザの種類は何でしたか?申請時に提出を求められた書類はどのようなものがありましたか?申請料はいくらでしたか?申請から取得までどのくらいの日数がかかりましたか?
私は国際ロータリー財団の奨学金があったため、Special Immigrant Visaだったが、他の人は学生ビザを取得していた。
当時は日本で学生ビザを取っていかなければならず、取得に1ヶ月ほど要したが、今は現地でより簡単に取れるとのこと。
学生ビザの提出書類:
・大学の入学許可証
・履歴書
・財政証明
・成績証明書
・パスポート
・写真
・出生証明書
・無犯罪証明書
・健康診断書
現地の移民局で学生ビザ、Special Study Permit を取得・資格変更した場合、どのような書類を提出しましたか?学校は手伝ってくれましたか?申請料はいくらでしたか?申請から取得までどのくらいの日数がかかりましたか?
※ Special Study Permit と ACR Alien Certificate of Registration について、
記憶があいまいなので大使館などに確認していただけるとありがたい。

保険・医療・予防接種

日本でどのような保険(種類、適用範囲)に入っていましたか?保険料はいくら払いましたか?日本でどのような予防接種を受けましたか?
奨学金で指定された保険(米国の保険会社の指定プランで、
事故、病気の際の医療費を100万米ドル[約1億1千万円]まで保証する)に入った。
フィリピンでは、いくら支払えるかによって、
どこの病院でどのような手当を受けるかが大きく異なるので、
多少保険料が高くてもカバーしてくれる内容、金額が多い保険に入った方が良いかもしれない。
良い保険に入っていると示すだけで、病院側の態度も大きく変わる例を見てきた。
きちんとした保険に入っている人は、ホテルのような部屋があてがわれ、
保険に入っていない人は、同じ病院で症状が悪くても狭い部屋に入れられたり、受けられる施術も異なるようだ。
私自身は一度も保険は使わなかった。
保険を選ぶ際、先に医療費を自分で払い、後から保険会社に請求して払い戻してもらうのか、
もしくは医者にかかるとき保険の証書を見せれば立替えなくてもよいものか、
確認した方が良いほうが良い(後者のほうが便利)。
 
予防接種:A、B型肝炎、破傷風など
学校生活
現地の授業と日本の学校(大学)の授業の進め方に違いはありますか?教授・先生の教え方や授業内容に満足していますか?
フィリピンと日本の違いというより、学部の違い(学問の目的、内容の違い)が理由だと思われるが、
所属していた地域開発コースでは、開発理論のような机上の勉強だけでなく、
現場体験や実施にかなり重きを置いていた(practice based study)ため、
どれだけ開発の現場に行って、どんな人々とどんなことをして、何を感じるか、ということが大事だった。
授業は、現場で学んだことを理論と照らし合わせて理解・整理し、先生やクラスメートとシェアする場だった。
フィリピン人のクラスメートのほとんどはNGOや政府の開発関係者だったので、
現場経験が豊富な人が多かった(授業は原則夕方からで、仕事が終わってから学校に来られるようになっていた)。
日本人の場合は、自分でNGOに参加したりしてフィールドに行っていた。
授業でフィールドワークに行くことも多く、都市や農村の貧困地区などに調査に行き、
開発プロジェクトのプランニングを住民とともに行ったり、
2ヶ月のNGOインターンが単位取得の条件になったりしていた。
CSWCDで教える開発のプリンシパル:
「正しいこと、大切なことは、その人の立場や属性、文化、環境などによって異なる」
「開発は経済だけの問題ではなく、むしろ権力の問題に起因しており、
その力関係に敏感になって物事決定のプロセスを重視する」
という点が授業のスタイルにも反映されている。
先生が正しく、知識を持っている人で、生徒は無知の人、教わる人、インプットされる人、という枠組みを越えた、
インタラクティブな授業だった。
机もラウンドテーブルで、誰がどこに座ってもよいようになっている授業もあった。
授業は参加型で、発表が頻繁にあり、1つの授業で1学期に2,3回発表する機会があった。
また、決められた期限内に調査やレポートなどの課題を5~6人で協力して行うグループワークも多かった。
試験は主に、学習した理論に自分の現場での体験を照らし合わせ、検討して回答するというものであった。
授業の準備はどのようにしていますか?予習・復習にどの程度時間をかけますか?
開発理論の授業では、初めて取った授業だったこともあり、
英語のテキストを読みこなすことが大変だったが、practice baseのコースだったため、
他学部と比べると本を読む予習・復習は少なかったようだ。
1回の授業のために、3~5時間程度準備した。
授業以外に勉強する際、どんな場所(自室、図書室、寮自習室、カフェテリアなど)を利用しますか?
大学の図書館、自室、カフェ。
試験はどのように行われますか?試験対策はどのようにしていますか?
期末試験はTerm paper(期末レポート)、もしくは記述式のテストだった。グループペーパーのこともあった。
理論と体験を交えて記述回答しなければならなかった(授業で習った理論だけをならべてもだめ)ため、
授業を受けているだけでは不十分で、試験対策としても日ごろから現場で活動することが重要だった。
卒業試験も小論文形式で、3日間にわたって行われた。
プレゼンテーションスキルやレポート(エッセイ)作成の際の文法チェックなどの語学 サポートは大学で用意されていますか?もしない場合、どのように対応していますか?
大学では用意されていなかったため、フィリピン人のクラスメートなどに頼んでチェックしてもらった。
学校の施設(図書館、コンピュータールーム、カフェテリアなど)は充実していますか?
私が所属する学部の図書館は、机の数も少なくあまり充実していなかったため、
法学部など個別の机があって充実しているところを借りたこともあった。
図書館に置いてある本は、コピーのコピーだったりして、古かったり、薄くて読めないこともあった。
コンピューターは、キャンパス内のインターネットカフェ
(日本よりずっと遅く、日本語が読めない、読めても打てないところがほとんど)を利用した。
カフェテリアは、安くておいしく、栄養のあるものがそろっていて、充実していた。
生活に必要なことはキャンパス内ですべて用がすんだ。
(食堂、美容院、ショッピングセンター、映画館、郵便局、銀行などがキャンパス内にある。)
学校全体やクラスで、留学生の割合はどのくらいですか?留学生の中で、日本人の割合はどのくらいですか?
CSWCDでは、留学生は1割程度だった。
日本人が大半だが、エチオピア人、ネパール人、アメリカ人、韓国人もそれぞれ一人ずついた。
また大学全体としても日本人が多かったようで、
留学生寮(international center)は日本人が最多の人口で、Japanese centerと呼ばれていた
(日本人は寮以外にも住める経済力があるのに、家賃の安い寮を占有してしまっている皮肉もこめて。
日本人の多くは1年間の交換留学生であり、彼らは優先的に寮に入れたため)。
クラス外の活動(クラブ、サークルなど)に参加していますか?どのような活動をしていますか?
私は入っていなかったが、フィリピン語が話せる人は、サークルに入ってフィリピン人学生と活動していたようだ。
フィリピン人学生とどのようにして交流を深めていますか?大変だと思うことはありますか?
学生は、みなとてもフレンドリーで親しく接してくれた。
映画や食事、実家への帰省など、いろんな人がひっきりなしに誘ってくれた
(フィリピン人は元々フレンドリーな人が多いけれど、
特に外国人となると、さみしいんじゃないか、と気を使ってくれたり、
またフィリピン人も単純に外国人の友達が欲しかったりしたよう)。
お礼に、よく味噌汁など日本の料理を振舞ったりした。
大変だったことといえば、むしろ彼らのフレンドリーさが過ぎて、日本人の感覚からすると、
自分の時間やプライバシーが確保できないと感じる時があったことだ。
プライバシーの観念が違うフィリピン人とどうやって距離を置くべきか、難しく感じる時があった。
日本人留学生とどのように接していますか?大変だと思うことはありますか?
日本人留学生はたくさんいて、大学の手続き、ビザの更新や生活のことなどについて情報交換をしたり、
病気のときは看病しあったり、引越しを手伝ったりしてみんなよく助け合っていた。
日本人同士でかたまってしまって、フィリピン社会にとけこめない、
日本語ばかりしゃべってしまって英語やフィリピン語の勉強にならない、という話は聞いたことがある。
他国の留学生とどのように接していますか?大変だと思うことはありますか?
留学生寮に住んでいたので、寮の中で他国の留学生との交流は多かった。
特に多かったのは、インドネシア、中国、韓国などだった。
各国の料理を持ち寄って、寮の庭で夕食会を開くこともあったし、
寮主催のInternational Nightなどのイベントもあった。
私はアフリカ(エチオピア、エリトリアなど)の友達がいて、
それまであまりかかわりのなかった遠い国の話を聞くのがとてもおもしろかった。
日本で得ていた情報と食い違っていたところはありますか?
日本で得た情報が少なすぎたので、食い違うというよりよくわからないまま飛び込む感じだった。
宿泊施設
フィリピン到着後初めに選んだ宿泊施設(大学寮、ホームステイ、アパートなど)は何でしたか?どのようにして宿泊施設を探しましたか?
奨学金のコーディネーター(ロータリークラブ)が事前に留学生寮の部屋を確保してくれていた。
はじめの1年間はそこに住み、それ以降はフィリピン人家庭に下宿した。
下宿生を受け入れている家庭は多く、大学内に下宿先情報はあふれている。
日本人を受け入れ慣れている家庭もある。
トラブル(賃貸契約、同居人との文化の違いなどから生じた誤解やいさかいなど)はありましたか?その際、どのように対処しましたか?
プライバシーの観念が違うためだと思うが、留守中に部屋に入って私物を触られたりしたことがあった。
また下宿をしていた時は、大家さんが入り口の鍵を閉めてしまうと中に入れず、
大家さんが寝てしまって起こすのが申し訳なく、朝まで外で待っていたこともあった
(何時でも自分で鍵を開けて家に入ることができるかどうかは、下宿先を探す際の条件として重要!)。
その他、下宿先のファミリーのお手伝いさんが、簡単な炊事、洗濯などはチップを渡して手伝ってくれることもあるし、
シャワーやトイレ、台所も大家さんファミリーと共有なので自分で管理しなくてよい点は、日本より楽だったといえる。
月に数回に断水、停電になることがあった。
そのため普段から水をためておき、懐中電灯やろうそくを常備しておく必要がある。
留学生寮のトラブルとしては、夜中までテレビをつけたり、友達とさわいだりしてうるさい、
洗面所を独占している(冷凍肉をずっとそこで解凍し、血だらけにしている)などがあったようだ。
ルームメートとうまくいかず、寮長に掛け合って部屋を移動した人もいた。
現地の食事事情
普段、どこ(自炊、学校の食堂、レストランなど)で食事をしますか?現地の食事・食材で苦労したことはありますか?日本の食材を手に入れることはできますか?
外食の食堂は充実していて、キャンパスの食堂や、
ショッピングセンターのレストランなどで簡単な定食が食べられる。
よく利用したのは、キャンパス内の食堂(カフェテリア)で、安くて栄養のあるものが食べられる。
50~70ペソ(約120~160円)もあれば、野菜と肉・魚のついた定食が食べられて、おいしい。
他に、日本食料理屋さんもはやっていてたくさんある(若干、味が違うが)。
自炊も可能(寮に台所が付いているし、下宿しても台所をかしてもらえる)で、
味噌汁や餃子や炊き込みご飯、カレーなど自分でつくったりもした。
日本の食材店もある。しょうゆ、わさび、日本米など日本の食材が買える。
留学費用・お金の送金方法・管理方法など
学費(+その他学校に支払った諸経費)はいくらですか?
留学生費・Alien Feeとして 1学期500米ドル必要で、その他、授業料が2,000~3,000ペソ。
日本の国立大学よりもずっと安い。
合計で、1学期(2学期制)30,000ペソ(約7万円)程度かかる。
学費以外の生活費(住居費、食費、光熱費、教養・娯楽費など)は、1ヶ月だいたいどのくらい必要ですか?
寮にいた時は、家賃が月800ペソ(約1,900円)(その後月1,500ペソ、5,000ペソのところで下宿、光熱費、水道代込み)、
食費はカフェテリアなどを中心に食べた場合、月に5,000ペソ(約1,200円)かかる。
階級社会のフィリピンでは、どのような生活を送るか(どんなところに住み、どんなものを食べ、
何で[タクシーかジプニーかなど]移動し、どんな人とつきあってくのか)によって生活費は大きく異なる。
上流社会のような暮らしをすれば、日本と同程度か、それ以上にお金がかかる。
フィリピン人でフィリピン大学新卒の給料が6,000~8,000ペソなので、その程度で生活していくことも可能。
私は1年目は寮に住み、フィリピン人学生に近い生活をしていたので、
家賃、食事、娯楽などすべて含めて月8,000~10,000ペソ程で生活していた。
2,3年目にはもう少し使うようになり、15,000~20,000ペソ程かかった。
お金をどのように管理していますか?日本からの送金が必要な際、どのように送金してもらいますか?
フィリピンの銀行で口座を開いた。日本からは、郵便為替、小切手で送金してもらった。
医療
現地で病院に行ったことはありますか?大学内の医務室や付属病院で医療サービスを受けることは可能ですか?
フィリピンに到着して1ヶ月くらいで食中毒にかかったようで、
部屋のベッドの上で倒れて動けなくなったことがあった。
ルームメートに発見され、大学内の病院(UP Hospital)に担ぎ込まれた。
点滴をうけて回復したが、そのまま3日間入院した。
日本人は私立の病院(例:Makati Medical Center、 St. Lukes Hospitalなど)によく行っていたようだ。
保険によって待遇が全く異なるので注意!保険は補償の良いものに入っておいた方が良いと思う。
現地での各種相談先
学校内・学校外で問題があった時、誰に相談していますか?
日本人コミュニティー。フィリピン人の親友。ロータリーの人。
治安
現地の危険地帯情報をどのようにして収集しましたか?現地でどのような防犯対策をしていますか?盗難などを含む犯罪に巻き込まれたこと(または聞いたことは)はありますか?その際どのように対処しました(と聞きました)か?
私の経験では、基本的な気をつけるポイントさえ抑えておけば深刻な危険に陥ることは少ないといえる。
基本的なポイントとは、例えば暗いところを一人で歩かない、夜遅くに出歩かない、
金持ちに見える格好をしない(服装、持ち物など)、
できるだけ外国人とわからないように、不慣れと思われないように堂々と行動する、
知らない人について行かない、食べ物を受け取らない、などだ。
万が一危険な目にあった場合は、抵抗せずに相手が欲しがるものを渡してしまえば、
それ以上傷つけられることはまずない(傷つけることが目的ではなく、金銭が欲しいだけの場合が多いので、
わたしてしまって良いものしか、持ち歩かないようにする)。
犯罪といっても、すり、ひったくりなどがほとんどで、気づかないうちにすられていることが多い。
私は到着して約1週間後に、フィリピン人の友人とキャンパスの入り口付近(フィルコア)を夜の8時ごろ歩いていた時、道の茂みから少年2人が突然ナイフを持って現れ、友人の首にナイフを突きつけ、金をだせ、と言われた。
驚いてかばんを投げ捨てて逃げたら、少年らはそのかばんを拾って走り去っていった。
通信関連
パソコン、携帯電話、インターネット(接続について)などの現地での利用はどうですか?
携帯はよく使える。ネットカフェについては前述の通り。
自分のPCがあれば、プリペイドカードなどを買って電話回線についないでネットができる。
帰国後の進路
現在の所属(勤務先・大学名、または業種・職種などお差支えのない範囲で結構です)をお知らせ下さい。
(財)貿易研修センター アジア部 プログラムコーディネーター。
NGO、ODA関係の仕事に就いたり、特に開発とは関係のない一般企業に勤める人もいる。
フィリピンに残ってNGOで働いたり、日本企業の現地法人で通訳をしている人もいる。
フィリピン留学は現在の仕事・学業にどのようにいかされていますか?
現在の仕事では、日本とアジア地域の国際経済交流促進支援の事業をコーディネートしている。
例えば、最近の事業としては、沖縄の健康保養型産業(スパなど)促進のため、
その産業の発達しているシンガポールを視察する調査団派遣や、
アジアの政府高官、学者などに日本の経済、社会などを紹介する1週間の招聘プログラムなどをコーディネートした。
海外で生活して、異文化の中で暮らしたこと、多様な価値観の人々に触れたことにより、
視野や視点が広がったことは、現在の仕事をする上で、重要な要素となっている。
ただし、留学中に学んだ開発、権力、ジェンダーといったようなことを直接取り上げている仕事ではない。
日本の大学を卒業して就職する場合と同じく、
学生のときに学んだ学問そのものに直結した仕事(例えば開発機関、NGOなど)につける人は必ずしも多くない。
ただし留学は、必ずしも仕事でだけその結果を図らなくてもよいのでは、と思う。
留学をしたことにより視野が広がり、経験が深まり、
その視点をもってその後の人生を生きていくということは、とても有意義なことである。
留学はキャリアのステップとしてだけではなく、
人生に与える影響として、より広い、総合的な目で捉えて良いと思う。
後輩へのアドバイス
これまでの留学準備と留学生活を振り返って、「日本にいる間にしておけば良かった」と思うことはありますか?
日本のことをもっと知っておく。向こうに行ったら日本のことをたくさん聞かれる。
日本でこそ得られる情報を得ておく(自分の関心事項について、日本で行われていること、団体などを調べるなど)。
フィリピンで留学生活を送る際に、これだけは気をつけておいて欲しい、とこれからフィリピン留学を考える後輩に伝えたいことはありますか?
フィリピン留学ではとても多くのことを学び、深い体験をすることができる。
もちろん大変なこと、悩んでしまうことなどもあると思うが、
フィリピンでは、結局楽しんだものが勝ちなので、ぜひ多くのことを学び、考え、満喫して、楽しんでほしい。

他の国・地域の留学情報を見る

このページの先頭へ戻る