留学先の国の特徴や留学情報をご紹介。
国ごとの違いを明確に知り、自分にあった留学先を見つけましょう。

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留学先国・地域:オーストラリア・メルボルン
学校名:メルボルン大学
専攻名:電気電子工学
留学期間:2021年3月~2024年2月
留学形態:学士課程への進学
奨学金名:JASSO給付型「海外留学支援制度(学部学位取得型)」

Q. 留学をしようと思った動機を教えてください。
私は公立中学校出身ですが、国語以外の授業を全て英語で行う高校に入学しました(英語IB)。その学校は海外大学進学を目指すコースで、周りも海外大学志望者が多く、自然と海外大学進学を意識するようになりました。また、英語のまま専門的な勉強を続けたいという思いがありました。特に私は小学生の頃から技術者(工学者、エンジニア)になりたいという目標は一貫しており、数学や物理などの主要科目を英語で勉強したため、大学の専門科目もそのまま英語で勉強したいという思いがありました。また、英語話者でありながら、海外滞在期間が幼少の短期間であり、ほとんど覚えていないため海外での生活にも興味がありました。

Q. 留学先の国・地域、留学先校を選んだ理由を教えてください。
メルボルンを選んだのは金銭的な理由が大きいです。当時のオーストラリアの大学はアメリカやイギリスと比較して学費が安いのが特徴でした。また、私は親戚がメルボルンに住んでおり、進学した場合の居候の了承を受けていました。このように授業料と生活費を削減できるのが最大の理由です。その他には英語で授業を行っていること、大学が国際的に評価されている点も重視しました。

Q. 留学に対する家族の反応はどうでしたか。
高校在学当初は留学費用がとても高いことから、留学は意識していませんでした。国内の英語学位プログラムなどを検討していましたが、高校の先輩がJASSOの奨学金に合格した実績を知り、奨学金を得たら、メルボルン大学に進学しても良いという条件をいただきました。

Q. 留学にあたってどのような準備を行いましたか。留学を思い立ってから、情報収集・学校選定・出願・ビザ申請など、それぞれの準備について教えてください。
学校選定に関しては、私は居住条件や学費からメルボルン大学一択でした。高校2年生の冬休みには大学見学をしにメルボルンまで赴きました。しかし、大学も夏休み期間中であったため、あまり大学の雰囲気は味わえなかったと思います。
出願に関してはIBの成績が主な提出書類だったと思います。そのほかに自分の情報を入力しなければなりませんでしたが、メルボルン大学は所定のIBの点数を超えていれば入学が許可される仕組みだったため、スムーズに行きました。
ビザ申請には時間がかかりました。特にコロナ期間であったため、入国できるまで時間がかかり、一年目はオンラインで履修しなければいけませんでした。入国禁止が解除されたあたりでビザの申請が受領された覚えがあります。
Q. 参考にした情報媒体があれば教えてください。
基本的には大学のウェブサイトを参考にしました。

Q. 入学や学生登録の手続き、ビザの手続きなどはどのように行いましたか。
コロナの時期だったため、学生ビザが下りるまで時間がかかったのを覚えています。かなり長い時間待たされるので、ちゃんと処理されているのか不安になりますが、自分の場合は待ってたら処理されました。ビザの手続きはできるだけ早めに行うことをお勧めします。

Q. 留学中の住まいはどのように探しましたか。
留学中は親戚の家に居候しました。友人は大学周辺の学生アパートに住んでいました。ただ、家賃がとても高いので、友人関係を構築したらシェアハウスをする人もいました。

Q. 語学学習はどのように行っていましたか。
私は両親が英語話者なので、生きてきた間常に英語と日本語の勉強をしてきました。家庭内は英語で話し、追加で母親から読み書きを教材を用いて教わっていました。また、高校でも国語以外の全教科を英語で学習していたため、そこでも英語力がかなり伸びました。

Q. 留学(あっせん)サービスなどは利用しましたか。
利用しませんでした。

Q. 留学にはどのくらい費用がかかりましたか。留学の資金調達はどのように行いましたか。
学費が年間およそ400万から500万で生活費が月10万ほどでした。そのうちJASSOの奨学金をいただき授業料に対し年間250万(2年目、3年目は300万)、生活費を月7万4千円補助していただきました。一年目は実家からオンラインで受講していたため、生活費はあまりかかっていません。これが三年間です。残りの費用は親から出していただきました。

Q. 留学中の学校生活はどうでしたか。日本の学校との違いや、海外の学校だからこそ苦労すること、学校生活での楽しみなどを教えてください。
公共交通機関があまり発達していないことで苦労しました。メルボルンは世界的に見ても公共交通機関が充実している都市ではあると思いますが、東京と見劣りします。小さな都市なので公共交通機関の規模が小さいことはあまり問題にはならないのですが、電車やバスが時間通りに来ない、特にバスはそもそも来ないこともあります。一度来るはずのバスが来なくて期末試験を遅刻しそうになったことがあります。私は郊外から登校していたため、このような問題がありましたが、大半の留学生は都市部にするため、あまり問題にならないと思います。トラムは非常に便利です。
学校ではやはり授業や課外活動を通して友達を作ることが楽しいです。私は実験や音楽活動、卓球などを通し仲良くなった現地の学生と他の留学生との連絡はいまだにとります。
Q. 学校外の生活はどうでしたか。寮などでの生活や休日の過ごし方、町の治安などについても教えてください。
休日は基本的に私の趣味であるギターを弾くか、勉強していました。また、町の治安は悪くはないです。世界的に見たらむしろかなりいい方だと思います。ただ、日本と比べたら少し危なく感じるかもしれません。都市部は比較的安全なのですが、郊外は危険な地域もあるため、気をつけた方がいいでしょう。

Q. 留学中の生活で大変だったことを教えてください。また、それをどのように克服、対応しましたか。
通学が大変でした。私は朝1時間かけて登校していましたが、プロジェクトなどが遅れて帰りが遅くなると、バスや電車の本数が一気に減るため、帰りづらくなることが何度もありました。この場合、帰宅には1時間以上かかっていました。私の場合は金銭的な理由で郊外に住むのは避けられなかったのですが、可能なら都市部に住むか車を所有した方がいいと思います。

Q. アルバイトやインターンなどの活動はしていましたか。
行っていません。生活費はできるだけ奨学金で支給された額内で収めようと努力しました。最初の方は自炊をするなどして達成できていましたが、最終年はその時間も惜しかったため、生活費が膨れ上がっていました。友人はアルバイトしている人も多かったです。

Q. 留学を経験してみて感じたこと、学んだことはありますか。留学前と比べて成長した面はありますか。
コミュニケーション能力が上がりました。また自分に自信を持って人と接することの重要さを学びました。これは見栄を張るという意味ではなく、話すときはハキハキ喋り、背筋を伸ばし、相手の目をしっかり見るという姿勢のことです。海外だとコミュニケーションスタイルがもっとダイレクトだと感じたため、自分に自信を持って人と接さないと、興味を持ってもらえないと感じました。私は英語がもともとできていたため、英語力はあまり伸びませんでしたが、このような海外で生きていくための姿勢は身についた気がします。これは特に私の研究活動において役に立っています。国際学会で発表したり、質疑応答したり、海外の研究者とディスカッションする時もこのようなコミュニケーションスキルが必要です。また、専門内容を英語で学習したことも、論文を読んだり書いたりする上で非常に役に立っています。
Q. 留学後の進路について教えてください。
留学後は東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻修士課程に進学しました。ここで日本に戻ったのは金銭的な理由もありますが、研究や開発、特にものづくりがしたかったからです。北米やヨーロッパの修士課程は授業が中心であり、研究は主に修士論文を仕上げる半年の期間でのみ行います。私は授業で習った理論を実践に移したいと考えていたため、研究が主体の日本の修士課程に進学しました。現在はその修士課程も修了し、北米または日本の博士課程を目指し、準備中です。

Q. 最後にこれから留学をする方へのメッセージ・アドバイスをお願いします。
私は正規留学にしろ、交換留学にしろ、どのような形であれ、日本人は一度自国の外に出る経験を積んだ方が良いと思っています。なぜかというと日本の良い点と悪い点が客観的にわかるからです。自国を正しく評価できなければ、自国を良くしていくことはできません。私はオーストラリアに留学し、オーストラリアと共に日本が大好きになりました。それと同時に日本の改善点も見えてきました。このように留学を通して世界、そして日本をより詳細に理解する人が増えることを願っています。

独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)は、
文部科学省が所管する団体です。
学生支援を先導する中核機関として、「奨学金事業」
「留学生支援事業」および
「学生生活支援事業」を
総合的に実施し、
次世代の社会を担う豊かな
人間性を備えた創造的な人材を育成すると
ともに、
国際理解・交流の促進を図ることを目指しています。